5月26日、東京都武蔵野市の井の頭自然文化園で
飼育されていたアジアゾウの「はな子」が
69歳の生涯に幕を閉じたと発表されました。
日本で飼育されたゾウの中で最も長寿だったはな子。
戦後最初のゾウとして日本へやってきた
はな子についてご紹介します。
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タイからやってきたはな子
はな子は1947年にタイで生まれ、1949年の2歳半の時に
日本へやってきました。
タイでの名前は「カチャー」。
当時は恩賜上野動物園に入園し、童話「かわいそうなぞう」の
モデルになった「花子」の名前を受け継いで「はな子」と命名。
はな子の到着後すぐにインドから贈られた
「インディラ」も到着し、恩賜上野動物園には
2匹を一目見ようと到着した9月から年末までの
わずか3か月間で100万人近くの入園者が訪れました。
翌年1950年からはな子とインディラは移動動物園で
日本各地を回ります。
その後1954年にはな子は井の頭自然文化園へ移動。
しかし、はな子による事故が相次いで起こり、
やむを得ずはな子の前足を鎖を縛ってゾウ舎内から
出さないという飼育方法が取られた時期もあったそうです。
その際のストレスではな子はやせ細り、元々4本しかない
歯も3本を失ってしまったとのこと。
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はな子と山川清蔵の出会い
人間不信になり、凶暴化していくはな子を変えたのは
飼育員の山川清蔵さん。
山川さんは、はな子の担当になってからまず鎖を外し、
運動場へはな子を解放しました。
そして付きっきりの世話を続け、はな子の心を徐々に
開いていきます。
一度人間への信頼を失ったはな子の心はかたくなで、
山川さんの手を舐めてくれるまで6年、やせ細った
体重が元に戻るまで8年の歳月を費やしました。
山川さんは30年に渡ってはな子のお世話を担当。
山川さんの優しさに触れて温厚さを取り戻し、
はな子は井の頭自然文化園のマスコットとして再び人気を集めます。
この山川さんとの物語は山川さんの息子・山川宏治さんに
よって「父が愛したゾウのはな子」のタイトルで書籍化、
さらには「ゾウのはな子」としてドラマ化もされ、
ご存知の方も多いのでは?
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山川さんが定年退職された後は山川宏治さんらのチームが
はな子の飼育員を受け継ぎ、親子ともにはな子へ愛情を注いでいます。
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再び起こってしまった問題
山川さんとの出会い、温厚さを取り戻したはな子。
しかし、数年前より飼育員を鼻で転倒させたり、獣医を
投げ飛ばしてしまうなどのトラブルが相次いで発生。
そのため2011年からは飼育方法が柵ごしで世話をする
方法に変えられてしまいます。
仕方ないこととはいえ、飼育員たちと直接触れ合う時間が減り、
飼育員用出入り口前にたたずむようになったはな子の姿は
もの悲しさがありました。
http://doubutsuforum.blog.fc2.com/
そしてこのはな子の姿を見た海外のブロガーが
「悲惨な様子だった」と発言したことで、
はな子の置かれている状況について海外から批判が殺到。
「はな子を適切なゾウの保護地域へ」とイギリスの
動物愛護団体による署名活動や「世界一悲しいゾウ」として
海外メディアで取り上げられるなど、悪い意味で
有名になってしまうはな子。
しかしすでに60歳を超えているはな子を保護地域へ
移動させることは厳しく、加えてでは
歯が1本しかないはな子のためにとりやすい食事を用意し、
カロリー計算もきちんとしています。
http://modspants.blog.so-net.ne.jp/
はな子の幸せとは一体何なのか?
そんな議論が渦巻く最中、はな子は26日午前8時半ごろ
倒れている姿を発見され、午後3時ごろに眠りについたことが
確認されました。
前日まで体調に変化などはなく、寿命を迎えたのだろうとされています。
通常飼育されているゾウの平均寿命は60歳ぐらい。
69歳まで生きたはな子は大往生ですね。
たくさんの人たちを楽しませ続けてくれたはな子。
井の頭自然文化園では27日よりゾウ舎の前で
献花やメッセージの受け付けを始めています。