2020年の東京オリンピック・
パラリンピックのメイン会場となる
新国立競技場の建設計画にかかる総工費が
2520億円と膨らんでいる問題が
話題になっていますね。
さらに7月13日、事業主体の日本スポーツ
振興センター(JSC)が、敷地外にある
2つの歩行者デッキ(立体歩道)、水道などの
インフラ設備の移設費、計72億円の
整備費を総工費に含まず発表していたことが
分かりました。
膨れ上がる一方の新国立競技場の総工費。
なぜここまでの巨費がかかるのか?
その費用はどこから捻出するのか?
もっと安く建設することはできないのか?
まとめてみました。
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膨れ上がった費用
今回、新たにかかるとされている72億円ですが、
7日の有識者会議で発表された総工費2520億円の
中には記載されていませんでした。
JSCの説明では「隠したわけではありません。
あくまでも調整を続けているためで歩行者デッキなどを
含め今後、縮小を図っていく」とのこと。
歩行者デッキなどをなくすかどうかについては
「現段階では分からない」としていますが、
総工費が1625億円から900億円も膨らみ
批判がでている中、今回の件を公表しなかった
説明責任も含め、ずさんな計画が改めて
浮き彫りになりました。
もともとの工費予算は1300億円、その2倍以上の
工費がかかる理由としては、「巨大な『キールアーチ』と
呼ばれる2本の橋のような構造物を会場の上にかけて
ドームを支える独特の構造」のメイン会場の
デザインにあります。
デザインが決まってしまった後になって、
専門家が技術的なチェック、予算の査定を行い
3000億円以上かかると報告されていましたが、
直前にオリンピック招致が決定したお祝いムードの中、
問題にならなかったのです。
さらに、メイン会場のコストは総工費だけでは留まりません。
それはメイン会場に使用されているドームの維持費です。
年間の維持費は50億円がかかるとも言われており、
JSCが試算しています毎年の収益の40億円を超え、
毎年赤字となる見込みが強いと見られています。
競技場はいくらでつくれるのか?
過去のオリンピックのメイン会場の
総工費について調べてみました。
2008年の北京オリンピック:513億円
2012年のロンドンオリンピック:900億円
ほかの国のメイン会場に比べ、圧倒的に
費用がかかってしまっているのがわかります。
また今回、発表された72億円という金額、
2520億円に比べると少なく思えますが、
実は野球場が建設できる金額なのです。
プロ野球・オリックスの準本拠地、3万5000人収容の
「ほっともっとフィールド神戸」が約60億円で建設されており、
これは、JSCが野球場が建設できる巨費を
記載していなかったことになるのです。
その財源は確保されているのか?
では、この巨額に膨れ上がった工費はどこが、
また誰が負担するのでしょうか?
答えは「決まっていない」です。
東京都の舛添要一知事が3日の会見で、
「財務省がきちんと出すと言っているのは、
たしか500億円。(残り約2000億円のうち)
1億円まで誰がどう出して、と(7月中に)
決めるのは難しい」と財源を確保するのに
時間がかかるとしています。
このまま進めるべきか?見直すべきか?
そうであれば、工事の見直しはできないのでしょうか?
JSCの河野一郎理事長は「この競技場が
五輪招致を勝ち取る上で、大きな役割を果たした。
基本的に有識者会議でああいう結論を頂いたので、
われわれとしてはきちんと前に進めていく必要がある」
と話しており、また安倍首相からも国会の答弁で
「これから国際コンペをやって、新たにデザインを
決めて基本設計を作る時間がない」と
現行案で進めていく発言も。
しかし新国立競技場の現行案への反対意見は多くあり、
競技をするアスリートのツイッターや
ブログからも見ることができます。
ラグビー元日本代表の平尾剛さん
「あんなスタジアムに頼らずとも開催する方法を
探ればいいだけの話ちゃいます?
こんな不条理は断じて許せない」
元競輪選手でアテネ銀メダリスト長塚智広さん
「(「インディアン」の教えに)『セブンス・ジェネレーション』
という考えがある。7世代後のことを考えて生きるという意味だ。
収益の出る施設にして選手強化費に充てて欲しい」
世界陸上男子400メートル障害の
銅メダリスト・為末大さん
「どう考えても、経済的に負担が大きすぎる競技場を
造ることは反対。一体誰が競技場を造りたがっているのかが
よくわからない」
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安藤忠雄氏が記者会見
現在こちらのチャンネルで新国立競技場のデザイン決定に
関わった建築家の安藤忠雄氏の会見が中継されています。
東京オリンピックとパラリンピック、そのメイン会場をめぐる騒動、
日本を元気にするために何が必要なのか、
何をあきらめるのか、もう一度考える必要があるのかもしれません。